ゾイド展開を振り返る1

先日に昭和、平成のゾイドを私なりにまとめました。

昭和のゾイド
平成のゾイド1
平成のゾイド2
平成のゾイド3

「概略を述べるだけだから気軽にまとまるだろ」と思って書き始めたんですが、まぁ……、随分と苦労しました。
特に平成。
あかんこれまとめるのに1ヶ月はかかるわ……と思ったりしたものの、こういう話題だからせめて令和の第一週には間に合わせたいと思って書きました。
急いでまとめたので抜けなんかもそこそこあると思いますが、まぁ、ダラダラ書くより一気に書いて良かったかな……。
抜けなどは改めて見直して修正していきたいです。

「主観」をどこまで出すかはちょっと迷ったんですが、「その時代をリアルタイムで体感したファンの見解」というのも貴重かなと思い、あえて自粛しませんでした。
もちろん主観ゆえ偏った部分はあると思います。


まとめてみて、メカ生体ゾイドはバトスト一本道なので振り返りが実に楽だなと思いました。
当初こそ「海外でのスタート」「メカボニカの失敗」「メカ生体ゾイドとして再始動」と若干ややこしい部分もありますが、まぁおおむね理解しやすい感じ。
その後はほぼバトスト一本道だし。

対して機獣新世紀ゾイド以降はとにかく複雑だな!と思いました。
バトスト、アニメ、その他とまぁ大変。アニメは4作が切り替わるし、バトストの展開も激しく変わった。
実に複雑な時代になりました。



でも…、これは「時代の変化」というものでしょうね。
何でもそうだと思うんです。
たとえば飲食店だって昭和の時代はマズい食えたもんじゃねぇ店が普通にゴロゴロしてた。
だから美味いもんを出しゃあ、メニューはラーメン一種類だけでもやっていけた。
競合店も少なかった。
しかし時代と共に競合店は増え、各店の味の平均レベルも上がった。

「同業他店は増え、どこの店もそこそこ美味しくなった」
なので、もはや「昔ながらの味を維持する」だけではやっていけない時代になった。
だから頑張って新味を研究したり、セットメニューを作ったり、お子さまメニューを作ったり、お連れさんがラーメン好きじゃない場合に備えて別のメニューも導入したり……。そんな拡張を続けます。そうしないと潰れちゃうから。

ゾイドも同じで、競合する玩具が昔に比べて増えすぎた。そしていずれも高度化していた。

テレビゲームは凄かった。
特に機獣新世紀ゾイド開始頃の時期を見ると……、携帯機が凄かったですね。
ゲームボーイ。
ポケモンが凄かったのはやはり通信ケーブルでしょう。外で遊ぶ時も皆で「ゲームボーイを持ち寄ってポケモンをする」のが定番になった。むろん以前から通信ケーブルを使ったゲームボーイソフトはあったけど、ポケモンのそれはテトリスやドクターマリオの対戦なんかとは次元が違いました。

「遊戯王カード」に代表されるトレーディングカードゲームがブームになったのも90年代末期からですね。
これも異様なブームになりました。

カードブームは、特にコロコロキッズには「デュエルマスターズ」で完全に定着した感じがします。
デュエマはコロコロでも漫画連載がされていますね(1999年5月号~)。
……ゾイドワイルドで久々にコロコロを買ったときは、この漫画が当時のテイストのままでまだ続いていたことに衝撃を受けたなぁ。

ゾイドもカードゲームブームには便乗していて、ゾイドバトルカードゲームを展開しました。
別コロでは「バトルカード戦士コマンダーTERU」の漫画も描かれました。
この作品は私かなり好きです。
ギル・ベイダーVSスパイカーなんてレア中のレアな戦いが見れるのは本作だけ! しかもスパイカー勝つし!!

ゾイド復活直前と言えば、ハイパーヨーヨー(1997年登場)も流行っていたかな?
99年にはベイブレードも登場しました。これは2001年にアニメ化されてから本格的なブームを迎えます。
ヨーヨーとかベーゴマみたいな昔懐かしい玩具を今風に再構成する手法は興味深いです。これは近年のアニメ「おそ松さん」「鬼太郎」とかを見てると同じ感じがします。
伝統を守る事は、確かな核を保ちながら一方で大胆な変革を恐れず変わりつづける事だと思ったりします。ゾイドワイルドもこれかな。


話を戻します。
まぁ、新世紀以降の時期というのはメカ生体ゾイド当時と比べてライバルが圧倒的に強力多様化した時期です。
そんな中で展開したのだから、そりゃあ従来通りの方法だけでは対抗できない。展開が多彩になったのも当然であります。
そうしなければ第二次黄金期は決して築けなかったでしょう。

1999年……。
・電子ゲーム(ゲームボーイなど)
・カードゲーム(遊戯王やデュエマなど)

先にも書きましたが、昔に比べてとにかく遊びが多様で高度になった感じがします。
もちろん各分野は昔からありました。

電子ゲームは古くからゲーム&ウォッチがあった。でもこの時代のゲーム機は表現力が圧倒的に向上していた。
ゲーム&ウォッチとゲームボーイでは性能差は圧倒的ですね…。いわんや、後に登場するアドバンスやDSなど。

カード系も、例えばビックリマンシールや仮面ライダーカードなどが昔からあった。
でも、これらはどちらかというと「コレクター意欲を満たす」ものであったと思う。
「皆で集まって楽しむ」といえば、せいぜい「見せ合い」とか「交換」でしょう。
しかし遊戯王カードは対戦する……要は皆で集まった時の時間消費量が圧倒的に増えた事が革新的だったと思います。

全体的に、この時代の玩具は「より多くのユーザーが手軽かつ長時間遊べる」仕様になった。
本当に高度化したと思う。
そんな玩具が増えた時代なので、メーカーにとっては販売戦略がどんどん難しくなっていた事は疑いようがありません。


さて興味深い事例がタミヤのミニ四駆で語られています。


「決定版!80年代おもちゃ大全」のインタビュー

これによると80年代当初のタミヤは「いいものを作れば宣伝なんてしなくても勝手に売れるだろう」という職人気質だったそうです。
宣伝よりも品質で勝負。それがタミヤの狂気的なプラモの完成度になっているのでしょう。
しかし第一次ミニ四駆ブーム(1986年レーサーミニ四駆発売より)の頃には競合する玩具も徐々に多くなっていた。
そこでやはり宣伝は必要だろうという事で、コロコロや学年誌で積極的に特集記事を組むようになったそうです。

当時、ミニ四駆の販促は「ミニ四駆の事なら何でも知ってるぞ、タミヤの”前ちゃん”」「ミニ四駆の改造なら俺に任せろ、”メカニックマン”」という二人の名物キャラが指揮を取っていました。
この二人がミニ四駆大会に出向いたり速度UP改造講座をしたり新商品の秘密公開をしたりするわけですね。
両名ともめちゃくちゃ人気で、リアルタイム当時の方ならこの名前を聞いただけで懐かしすぎて泣いちゃうんじゃないしょうか。

前ちゃんやメカニックマンがイベントや雑誌特集でミニ四駆をアピールする。同時に学年誌やコロコロでミニ四駆漫画も始まる(ダッシュ四駆郎やミニ四トップなど)。
そんなわけでミニ四駆は旋風を巻き起こし、メカ生体ゾイドの超強力な競合相手になったのでありました。

名物キャラ……。
この当時と言えば、他にも販促を担当する名物キャラが居ました。もちろんそれはファミコンブームを牽引した「高橋名人」です。
高橋名人はハドソンの社員ですが、なんていうか当時はかなりゆるい時代だった事もあって他社ソフトを含めてファミコンソフト全般を扱っていたのはのどかで良い時代でした。
業界全体が仲間という空気だったのかな…とも思う。
当時のファミコンは「ゲーセンが不良の巣窟」というイメージから「テレビゲーム=悪」とPTAなどから激しい槍玉に挙げられた。
しかし高橋名人は愉快な人柄でもって業界のイメージをずいぶんと向上させた。
多分、ハドソンの高橋名人が他社ソフトも含めてファミコン全体を盛り上げる事が出来たのは、当時のゲーム業界が一丸となってイメージ改革に意欲的だったからじゃないかなぁ……。
高橋名人が果たした貢献は計り知れないです。
ちなみに高橋名人はファミコンゾイドの紹介記事に登場した事もあります。



もっとも……87年年末にハドソンとNECが共同開発した「PCエンジン」が発売されると状況は一変します。
ここにファミコンとPCエンジンの熾烈なゲーム機シェア争いが幕をあけた。
こうなると、さすがにハドソン社員の高橋名人はPCエンジン側に回らざるを得ず……、逆を言うとファミコン側に付く事は決して許されなくなり、自社ソフトあるいはPCエンジン本体の販促が絶対になります。

時代が移り競合が増えるというのはそういう事なんでしょう。
「その業界の勃興期」においては世の中がまだ業界を正しく認識していない。だから同業なら他社であっても手を組み業界全体をアピールした方が利になる。
しかしその努力の結果として業界が十分に認知され安定期を迎えると、皆で協力するより自社のみをアピールした方が利が出るようになる。
これは進化の必然と思いますが、ちょっと寂しい事でもあるな。

逆に言えば……、たとえば電子ゲームやカードゲームに押されて苦戦ようになった分野の玩具があったとする。
そうした場合は再び終結し「その分野全体」を引っ張るような名物キャラを仕立てるような戦略もあるんじゃないかなぁ……なんて思ったりもします。


話が逸れてきたので戻します。
高橋名人と言えば、同時期にもう一人「毛利名人」という名物キャラも居ました。「力の高橋、技の毛利」というキャラ分けがされていて、16連射に代表されるパワー系プレイでクリアする高橋名人、合理的な動きでスマートにクリアする毛利名人という方向でした。
まぁ実際はゲームなんてファミコンロッキーじゃあるまいし連射でどうにかなるもんじゃない。両名とも「技」だったんですが。

ちなみに二人のキャラ分けと人気を理解するには映画「ゲームキング高橋名人VS毛利名人-激突!大決戦-」を見るのが一番手っ取り早いでしょう。
当時の雰囲気ばっちりな爆笑シーンの連発です。
例えば高橋名人は16連射のトレーニングの為に人差し指でスイカを連射する。そしたらパワーがありすぎてスイカが爆発するとか。

豪快で愉快。ちょっと太め。みんなの愉快なお兄さんという感じの高橋名人。対してスラリとした体形。合理的・理論派的なプレイの毛利名人。
異なった二人のキャラが相乗効果でファミコン人気を大いに高めた時代でした。


また話が逸れてきたので戻します。
「名物キャラクター」という要素は機獣新世紀ゾイドが真似をしたと思います。
それはもちろん「ドクターT」であり「コマンダーO」ですね。
特にドクターTはコロコロ誌上でゾイド界を盛り上げてくれた。まさに前ちゃんや高橋名人のような素晴らしいキャラだったと思います。
ゾイドの知識を披露する。改造ゾイドの作例を行う。そんなゾイド博士で凄腕テクを持つドクターTに憧れた当時のキッズは多かったのでは。

ネオブロックスの時代には「マスクドライガーD」になりました。
ただコマンダーOとマスクドライガーDは……、ドクターTほどはゾイドの盛り上がりに貢献していないかなぁ……。
両名ともかなりのパワー系というか、もちろん改造ゾイドも作るんだけど、それよりもキャラのインパクトの方が強い。
「いかにキャラとしてのインパクトを出すか、目を引くか」に比重が傾いたキャラ造形な感じはする。
ドクターTのように「ゾイドへの知識・改造」が先にイメージできるキャラ付けの方が長期で見た時の受けは良いと思います。

インパクトは最初の食いつきこそ良いだろうけど、慣れてしまえばどうということはなくなる。悪く言えば「出落ち」みたいな所もあると思うので……。
個人的にライガーDはすげー好きだったんですけどねー。あの方、本当に頑張ってたと思う。めちゃくちゃ濃い活動をしていた。
でもあれだけ頑張ってもやっぱり見た目がプロレスラーだったので、その奇抜さの印象が先に付いてします。「ライガーDが作ってた改造ゾイドどんなだっけ…? ライガーDのキャラ自体はよく覚えてるんだけど…」みたいになりかねないのかも。



そして現在のゾイドワイルドでは「パーフェクトヒューマン片山」が登場しています。
彼はどちらかというとドクターTに近いかなー。
親しみやすさもそこそこ。改造のプロ的なお兄さん。なんかゾイドに狂気的な情熱を注いでる雰囲気もある…。そんな底知れないミステリアスさも魅力。
かなりベストバランスなキャラ付けがされてると思います。この先もよろしくお願いしたいなー。
イベントでの進行もかなり慣れてきてる感じがします。次世代ワールドホビーフェア(大阪)での司会進行はお見事でした。


さて、メカ生体ゾイドの時代というのは1983~1991年。メカボニカから考えると1982~1991。
この間の時期というのはタミヤが「販促不要」から「販促大展開」に移行したように、玩具業界の販促事情が激変した時期だったと思います。

ゾイドが発売した頃はファミコンさえ出ていなかった。
メカ生体ゾイドと同じ年の7月に発売されたファミコン。当初はジワリジワリと売れ…、マリオで一気に爆発した。
ファミコンはマリオやドラクエが有名ですが、当時のキッズにとってはスターソルジャーやヘクター'87なんかの「キャラバンシューティング」も思い出深いんじゃないでしょうか。

ミニ四駆は発売当初は「パワー重視」の仕様でした。力強く走るマシンです。まぁ、よくよく考えたら「四駆」って速度よりも大パワーが魅力の構造ですもんねぇ。
当初はあまり売れなかったそうです。しかし1986年に速度を追求した「レーサーミニ四駆」にリニューアルすると飛ぶように売れるようになった。

個人的に、ファミコンとミニ四駆の革新的だった所って「大会」が開かれるようになった事じゃないかなぁと思っています。

ファミコンの大会。
ハドソンは自社シューティングのスターソルジャーなどを使って高得点を目指すイベント「キャラバン」を開催して主要都市を巡りました。
もちろん高橋名人も参加して大会を盛り上げました。
キャラバンツアーは少年達のハートを燃え上がらせ、コロコロや学年誌には高得点を叩きだせ!の記事がこぞって連載されたのでした。
「高橋名人に勝ってやる!」という勢いで猛烈に励んだ子供は多い。むろんママのゲームは一時間でしょ爆撃を喰らって轟沈した少年も多いのですが…。
でもねぇ、これだってある意味では効果的だったと思うんです。制限されるとその方が燃えますからね。
大会の模様も特にコロコロは大特集しその興奮を伝えています。

ミニ四駆の大会は言わずもがな。やはり前ちゃんやメカニックマンが登場して大いに盛り上げました。
コロコロ、学年誌の特集ももちろん組まれた。

こういうゲームとかレースの子供の大会って今でこそ普通にありますが、ファミコンとミニ四駆が初じゃないかなぁ。
この辺は詳しくないので分かりませんが。

この効果は凄かったと思います。
「大会で皆で盛り上がろうぜー!! 1位を目指そうぜー!!」なんて言われた日にゃあ、触発されない少年は居ないでしょう。
最優先でスターソルジャーのソフトを買って練習するでしょう。

ミニ四駆の場合は更に凄いですね。
1位を目指せというのはむろん「改造して最速仕様にしろ」という事です。なので本体だけでなくてグレードアップパーツが飛ぶように売れた。
大会はキッズに憧れと満足感を与えつつ売り上げも伸ばす。そんな実に上手い仕掛けでした。

ゲームやミニ四駆は動きが激しいので中継映えもする。その点でも恵まれていたと思います。
大会の効果ってメーカー各社は驚いたんじゃないかなぁ…。「まさかここまでの効果を出すとは」となったと思う。


メカ生体ゾイドの販促はどういう歩みをしたのか。
最初の販促が「玩具屋店頭で動状態で展示する」だったのは有名でしょう。これは素晴らしい効果を挙げましたが、メディア展開に頼らない昔ながらの手法という感じがします。

1984年から始まったコロコロや学年誌での特集掲載はこの時代としてはなかなか先進的だったと思います。
バトストの展開。その秀逸な世界観とストーリー進行に少年は夢中になった。
アニメのような爆発力はないけど安定してジワジワ上り詰めるスタイルは長期展開にも適していた。

バトスト掲載の中心は「学年誌」でしたが、これは小三では1984年7月~1991年3月の超長期連載になりました。
この長期連載は学年誌全体で見てもかなり異例です。
学年誌の連載は普通はそんなにも続かない。
漫画は「ドラえもん」を例外とすれば他ではこんなにも続いたものはないと思う。
他の特集記事で言えば「ジェニー(バービー)」「シルバニアファミリー」が唯一ゾイドと同じくらいの長期間の定期連載を持っていた位かなぁ。

ただこんなに長く展開を続けてりゃあ、その間に世の中も大きく変わります。
ファミコンやミニ四駆が大ヒットし各社の販促が過激化していったこの時代。
「後期」にはド派手な販促を仕掛けるテレビゲームやミニ四駆に対してバトスト一本では販促面で劣勢になっていたんじゃないかなぁ…。

メカ生体ゾイド時代は前ちゃんや高橋名人のような名物キャラを出す計画はなかったのだろうか。
ごく一部ではありますが、学年誌では「名人」として作中改造ゾイドやジオラマを作った方が紹介されることもありました。が、あくまでごく一部でありそのキャラでゾイドブームを高めるようなものではありませんでした。
ゾイドはあくまでバトストを中核としてメカ生体期を戦い抜いた。

ゾイドの第一次黄金期はデスザウラー~マッドサンダーだと思う。
周辺の玩具事情。販促の激化。こうした事を考えると、そんな中でも「1987年デスザウラー~1988年マッドサンダーが黄金期」であるメカ生体ゾイドって凄まじいなと思います。
1984年からほとんど変わらない販促展開でこの年まで市場を「維持」するどころか「大きく成長」させていたんだから凄い。
残念ながら翌年からは下り坂になってしまいますが……。

メカ生体ゾイドは1986年頃からファミコンやレーサーミニ四駆が凄まじいライバルになったと思う。
しかしその年はサーベルタイガーやウルトラザウルスで撃退した。翌年以降もデスザウラー、マッドサンダーが撃退しシェアを守ったんだから、そりゃあその展開に自信を深めたのだろうと思います。
そこで名物キャラなどは出さずに、最後までバトストでいく事になったんじゃないかなぁ。

ここまで成功しているので、いま名物キャラなどを出したらバトストの雰囲気がぶれかねない。そうした危惧があって最後まで駆け抜けたのかも……。
だとすれば、すんごい骨太な決断をしたもんだと思います。
最後の年こそちょっと失速してしまいましたが、メカ生体ゾイドの歩みってやっぱり凄かったと思う。


ただし1999年はメカ生体ゾイドが終わった91年から比べて更に玩具事情が激化していた。
そこで前シリーズの実績を踏まえてやはり「バトスト」は展開する。しかしさすがにこの時代においてはそれだけでは厳しいだろう。そんなわけでアニメをはじめ様々な展開にも打って出たんだろうなぁと思いました。

・・・ちょっと長くなってきたので今日はこの辺で。
続きは明日以降に。
こういう研究もまた面白いですね。
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