ゾイド展開を振り返りつつ令和ゾイドに願う

昨日の話の続きです。

販促からゾイド展開を考えていますが、まぁー、時代が進むにつれて販促の持つ重要性が上がってきている。それは確かだと言えますね。
新しい時代。それはより激しい販促を展開しない事には認知されない。ブームにならない…。

メカ生体ゾイド展開期…、1983年頭~1991年3月までの間に登場した強力なライバルって……
・ビックリマンシール
・ミニ四駆
・ゲーム機(ファミコン、PCエンジン、メガドライブ、スーパーファミコン)
・携帯ゲーム機(ゲームボーイ、ゲームギア)
なんかが代表格かなぁ。

あとガンプラはもちろん最大級のライバルだと思いますが、これについては途中から出現したのではなく「最初からあった」ので別枠にすべきでしょう。
ただし1985年に登場した「SDガンダム」はキッズ向けの新しいガンダムとして凄まじい旋風を起こしたと思います。
『ガシャポン戦士』とか『BB戦士』とかは当時ガンダム知識ほぼゼロだった自分でも頻繁に聞いた単語だもんなぁ。
近所の同級生がSDガンダムの「大将軍」のキットを宝物にしていて、なぜか「私のグスタフで彼の大将軍を運ぶ」という今から思うと実にシュールな遊びをしていたのもいい思い出……。
あれってどんな設定で遊んでいたんだっけなぁ……。

SDガンダムは凄かった。これを機に80年代前半の「リアルロボットブーム」に代わり「SDロボットブーム」が起こり始める……。
リアルロボ寄りのゾイドにとっては逆風が吹き始めた感じがします。
90年ごろにはSDブームがかなり高まっていた。91年4月にスタートしたZナイトは、「リアル寄りであった為、SDブームのあおりを受けて失敗した」としばし言及されます。
どうでしょうね。これについては判断しかねます。

ゾイドでは90年からSDブームに危機を感じたのか、バトストを続ける一方で食玩として「神風ゾイドガム」「ガタローガム」をカバヤと協力しつつリリースしました。
食玩でジャブ的にSDゾイドはイケるかどうかの探りをいれたんでしょうね。
が、そのゾイドオルタナティブ並みにフルスイングで空振りしてずっこけた造形具合はもはや伝説でしょう。


なんでやねん・・・・・。武者ガンダムを変に意識しすぎたんですかねぇ。

他ではファミコンのゾイド黙示録の説明書に

こんな絵が載ったりもして、これはスゲーいい感じなのになぁー………。
なんで素直にこれを出さなかったし。
この、素直な造形のSDゾイドは超後年のゾイドワンブロックスやD-styleまで待たねばならなかった……。


余談ですがゾイドワンブロックスって当初はガチャの「ゾイドコレクション」みたいに大々的に展開していくつもりだったようで、当時は静岡ホビーショーでSDゾイド達が暴れまわるCGが公開されたりしたそうです。


しかしこの企画はお蔵入りになってしまった。勿体ないなあ。


とまあ余談が膨らんできたので元に戻しましょう。
そんなわけで多彩になった玩具業界。派手な販促が重要な時代の到来。
各メディアには「名物キャラ」が登場し、テレビゲームやミニ四駆は大会も開くようになり、とにかく激化した。
そんな中でゾイドはあくまでバトストを中核とした展開を続けて成長を続けた。最後の年だけちょっと転んだ気がしますが……、しかし全体を見ると本当に「骨太な展開だった」という言葉がこれ以上ないほど似合う展開だったと思います。

凄いと思う。
メカ生体ゾイドに唯一だけ失敗があったとすれば、それは「新ゾイドバトルストーリー2-完結編-」を出さなかった事だよなぁ……。
これだけ骨太で凄い展開を続けた。末期は掲載量が減っていたとはいえ、それでも学年誌では結末までをちゃんと描いた。
いつもならこれが「小学館スペシャル・ゾイドバトルストーリー」にまとまる筈だった。でもそれがされなかったから、投げっぱなしで終わったと思ったユーザーが多くて…。
本当にこれだけは何とも惜しいなぁと思います。


こうして販促を見て、改めて1999年の機獣新世紀ゾイドを考えました。
で、これのスタート時は最良の販促が切られたんだなと思いました。
ただあえて完璧ではなく「最良」という言葉を使っています。

まずバトストはやっぱり必須だったでしょう。
前シリーズの大成功の立役者だったし、開始前においては多くの旧ファン掘り起しをした。だからバトストがないというのはありえなかった。

しかしこの時代はこれだけではやっていけなかったでしょう。
おそらくコロコロにバトストを掲載するだけでは低空飛行の展開にしかならず、人気機種が幾つか復刻された位で短期終了になったんじゃないかな…。
だからアニメもやった。
これは必須だったと思います。



完璧ではなく最良、というのはアニメには良い面も悪い面もあるからです。
良い面は注目され知名度を上げること。販促として凄まじい効果を出すこと。
悪い面は終わった瞬間一気に冷え込むこと。これは/0終了後の状況が何よりも物語っている……。

あと週刊アニメの展開に合わせてキットを作るから、どうして開発の限界を超える。
ゾイドは動く玩具だから普通のプラモ以上に開発時間がかかる。それでもアニメに合わせて新型を作った結果、同じようなギミックの機体が増えすぎてしまった。
特に連動ギミックは壊滅的で、手動ギミックを増やすことでどうにか補っていた印象。
この事は後(リバセン時)に公式からも反省点として挙げられています。

似たようなギミックの機体が増えすぎ、結果として「動力ゾイド」の魅力が薄れてしまったのは大きな失敗だったと思う。
でもじゃあアニメがなかったらどうだったかというと、先に書いたように販促不足で大きなブームには至らなかったでしょう。
なので「最良」という言葉を使っています。

機獣新世紀ゾイドはバトストとアニメの二本柱でスタートした。
市場拡大という意味では最大の効果を発揮する、これ以上ない最良の展開を採ったと思います。


さて、もはや機獣新世紀ゾイドも遠くになりにけり。
後からだと何とでも言えます。それを承知で以下を続けます。

昨日までの文を書いていて新世紀時期を改めて考えました。
この時期の展開で惜しい事があったとすれば、バトストがメカ生体期ほどの骨太さを持たなかった事かなぁ……とは思いました。
メカ生体の頃ほど自信を持って貫いてる感じはしない。

メカ生体の描写が最強絶対的だと言う訳じゃない。
でもかつてのバトストは少なくとも「このゾイドはこんな戦い方をしてここがカッコ良くてこんな風に強いんだぜ」というのがストレートに分かるバトルがほとんどだったと思う。
新世紀の戦いはなんていうか……、一応このゾイドの強さは伝えたいけどライガーの活躍も強調したいから一緒に登場させて美味しいシーンをはさんで……みたいな助平根性が随所に出てるのは否めないと思う。
その結果本来主役であるはずのゾイドがかすんでしまった事は少なくない。それはかなりのモヤモヤを生んだ。
あと、からめ手を多用して素直な強さを描かないまま終わる事も多かったと思う。

まぁ、それはそれで良いでしょう。それが新世紀の描写だというならそれを貫けばまだ良かった。
でも中途半端に旧ファンに寄せてみたり、ブロックスの強さを乱高下させたり、ライガーを突如として懲罰部隊にしてみたり。
主観ですが、後期においては特にブレてる。
骨太な感じがしない。むしろ八方美人に振舞った結果として迷走し自分を見失った印象が強くあります。
各ファンに色目を使ったものの、期待したほど相手は振り向かなかった。そればかりか助平根性を見抜かれて呆れられた割合が多かったと思う。
一旦出された設定が後に覆ることも多かった。それは例えばルイーズ大統領の生存だったりブロックスの開発経緯だったりです。


やはりアニメの販促効果は絶大なので、それが無くなった瞬間は市場が冷えるのが避けられない。
そのメディアにとって非常に難しい時期になる。
それでも、アニメ終了後の受け皿としてバトストはもっと有効に使えなかったのか。
せめて「次回作が作られるまでのつなぎ」として市場を守る位の。少なくとも真夏から真冬になるような極端な冷え込みは回避できる程度に器用さを発揮できなかったのか……という事については惜しいなぁと思います。

バトストがどんな展開であれ「これが新世紀バトストだ」という骨太な軸を持っておりブレなければ……。
そうすれば、もう少し……、あそこまでの極端な冷え込み回避できたんじゃないかなぁ……。

上に「各ファンに色目を使ったものの、期待したほど相手は振り向かなかった。そればかりか助平根性を見抜かれて呆れられた割合が多かったと思う」と書きましたが、これはホントにそうだと思う。
マッドサンダーは活躍させたいんだかさせたくないんだかよく分からなかった。こんなんで売れるものかよ……と思った記憶はあります。実際売れなかったし。
翌年のゴジュラスギガなんかはずっこけてしまった。
「解釈」する事はいくらでも可能です。ストーリー全体を把握して読み解けば、なるほどギガは活躍したんだろうなと思う。
でも当時の思い出としては「旧ファン待望のゴジュラス大復活だぜ」というアピールがされたにもかかわらず活躍した印象がほぼない。
むしろモルガにやられた(モルガチキンレース)とか、あれだけ宣伝された荷電粒子砲を超えるという封印武装ゾイドコア砲を結局撃たなかったとか、慢性的に不調だったとかの印象が強い。
これは当時の多くのファンに共通する見解じゃないでしょうか。

期待させるだけさせておいて描かないというのは本当に未消化でモヤモヤを強く貯めたと思う。
ギガはハイパーEシールドで荷電粒子砲に耐えるシーンなんかもありましたが(アロザウラー付属のファンブックEX)、それは文字で語られたのみ。
具体的なシーンを立体で示してくれなかった。なのでカタルシスがなかった。
文字は文字でいいんだけどね……、でもやっぱりジオラマで見たいんだよ!そういうもんだろゾイドって!! と思う。

ジオラマで作られた活躍シーンって量産型デススティンガーを倒す所くらいかなぁ…。


ま、一応活躍シーンもあるにはあったんですね。
でも量産型デススティンガーっていうのがまた絶妙に半端なんだよなぁ……。
ライガーゼロの段階でデススティンガー改造機のK・F・D(コロコロ登場時は強化改造タイプ/ファンブックで改定された時の設定は量産仕様)を倒していた。もはやこの時代においてデススティンガーのインパクトってそこまで強くなかったと思う。
まして「量産型」だし。
なんていうんでしょうか。活躍って段階があって、分かりやすく言うとマッドサンダーは「登場号で帝国ニ番手のアイアンコングを倒した。その次の号で最強デスザウラーに挑んだ」という順があった。これで言うと量産型デススティンガーっていうのはマッドサンダーがアイアンコングを倒しただけで終わったような、そんな感じ。
未消化。半端な爽快感にしかならない感じ。

上でモルガにやられたシーンがあると書きましたが、これは「ゾイド妄想戦記」の描写であってバトストではありません。
別シリーズのシーンにまでアレコレ言うのは悪いことだと思う。でも…、バトストでギガの活躍をこれでもかと描写した上で妄想戦記でモルガにやられる。これだと強いギガがあった上で奇策で攻略したモルガの勇気も伝わる。
しかしバトストでギガの活躍が今ひとつ描かれない中で妄想戦記とはいえモルガにやられてしまったら、それはもう印象が「モルガにやられたゾイド」になるのは仕方がないでしょう。

こうした、モヤモヤする展開や八方美人な所が非常に多かったと思う。
そしてこの事の総括と反省をしないまま進んでしまったのは不幸だったと思います。

平成のゾイド2」の記事で、新旧ファンの確執があったと書いた上で以下の様に続けています。
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ただし、トミーがもう少し上手く展開していればそういった不満を和らげられたのではないかとも思う。
なにしろ展開前夜において「ゾイド歴史館」「電ホビ」などで旧ファンの掘り起こしを行ったし、実際に旧ファンによる売り上げもそれなりの高さがあった。
それを上手く満足させられなかったのは不手際ではあろう。じゃぁどうすれば良かったかというのは難しいところでもあるが……。
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私は今回の記事を書いていて、骨太さを持って欲しかったかなぁ……と思いました。
どんな描写であれ、方向性が定まっていれば自分なりの付き合い方を模索していける。でも方向性がグラグラだと付き合い方がよく分からない……。不安や不信が溜っていく。


確執は……、苛烈でした。
両派とも行き過ぎてたと思う。私も”旧派”だったわけだし偉そうに言えた義理では決してないんですが。
苛烈というのはもはや粗探しでしかないところも多々あって、例えば「ゾイドバトラー雷牙」もけっこう突っ込まれてたなぁと覚えています。
こんな改造ゾイドは違う最近のゾイドは分かってないというように言われていたのを覚えている。
ゾイドバトラー雷牙はプラモ狂四郎的な、改造したキットをスキャンしバーチャルバトルを行う漫画。
バトストならばともかく、全く関係ない漫画にまでこのように言うのは違うよなぁ……と今でこそ皆が思うでしょうが、当時は「昔のバトストや改造ゾイドの方向性こそ絶対的に正しくそれ以外は全ての場所でNO」という考えが確かにありました。
こういう動きは「ガンダムSEED」を見ても明らかなように、熱心なファンの多いメディアでは回避不可能ではあります。
しかしそれにしても行き過ぎであったでしょう。

他方、そういう風であれば必然として反撃も強くなります。
新ファンからの反撃も行き過ぎたものはありました。
たとえばこのゾイドは昔の色の方が好きだとか、昔のこの描写が好きだったとかの感想を述べただけで、なんだよ今の展開にまたケチ付けてんのか、ファンが出来ることは全力で応援する事じゃないのかよ文句言うなと返されることもままありました。
これは良くない。相手の感情を理解する素振りさえ見せずに真っ向否定したり思い出に泥をぶつけたりするから戦争になるわけです。


対立の根本原因は当時のユーザーが大人気なかった事ではある。
ただゾイドって「各シリーズを知る資料が異常なほどに入手しづらい」事が相互理解を大きく阻害してる。
私はこれは極めて大きな問題だと思います。

あの時代にメカ生体バトストが復刻していれば。あるいは復刻されなくとも、定期的に旧大戦特集とかがあれば……。
そうすれば、旧ファンとすれば自分が見たかったゾイドへの欲をある程度満たせるから、新シリーズへの不満があってもそこまで激高しないでしょう。
落ち着いて一歩引けたと思う。

新ファンにしても、入手しやすい旧大戦資料があれば「なるほど旧ファンはこういうものを見てきたのか」と理解する事ができたでしょう。
この時の新ファンにとって、旧ファンの「昔はこうだったんだよ」という意見って所詮は文字でしかない。具体的にイメージできるものじゃなかった。当たり前だ、今目の前に無いものなんだから。
見えないものを文字だけでこうだと伝えられても分からん。そりゃぁ、理解できる筈はないですよ……。

旧大戦の資料が良いバランスで公開されてればなぁ……。
そうすれば相互理解が進んでいたと思う。
むろんそれでも派閥は起こったでしょう。しかしここまで深く致命的にはならなかったと思う。

そういうのが無かった。2003年のゾイドコアボックスで「一部」は実現したけど……、あまりにも遅かった。そして限られた一部……おそらくは大半は旧ファン……の手にしか渡らなかった。
こういう積み重ねで対立が苛烈になってしまったのは否定できないと思う。
本来は「好きゆえに起こる微笑ましいケンカと、その後は雨降って地固まるのように互いの絆と理解が進む」ようにできた問題でしょう。
でもそうなれなかった。資料が無かったから。
資料ってホントに大事だと思います。

資料は現在にも言える問題だと思う。
現在のゾイドはアニメを軸に展開していますが……、過去のアニメ。見る手段がなかなか難易度高いんですよね。
ブルーレイを買えと言われその通りですが、気軽に買える値段ではないと思う。
「歴代シリーズの把握しやすさ」
この点でゾイドはガンダムとは絶対的に違う。はっきり言ってゾイドは不便すぎる。
まぁ基礎体力が違いすぎるので同じにしろというのは無茶でしょう。それは百も承知です。でも出来る限りの努力くらいはして欲しいんだよなぁ……。
その姿勢が見えないという所はある。その割に認知が十分でない要素を「知ってる前提」で展開する事もあるし……。

この事は、私は公式に問題意識を大きく持って欲しいと強く思っています。
過去の書籍の電子書籍化とか、過去のアニメを見る機会をどうにかして増やすとか。やってくれないもんですかねぇ……。


激しい対立、確執は……、後にも悪い影響を与えたと思います。
「ゾイダーは世代間で仲が悪い」が慣例のように扱われてしまった時期もある。

事ある毎に「お得意のゾイダー同士の対立だー!」とあおられる場面は今でもあると思う。
個人的には、この件は今でも極めてデリケートな問題だと思うので、ネタであっても私は使いたくはないな……。

健全な状態って、意見だったり自分の感想だったりを忌憚なく言える事だと思う。
素直な自分の感情を出した。その結果として「派閥」を決められ対立構造に組み込まれるのは全く健全じゃない。
「正しい」とか「正しくない」とか決められるのも愉快じゃない。
茶化されるのも…、違う。
人の感性・感情は自由なんだ。それを尊重しながら互いに高まっていくべきなんだ。ファン同士の交流はそうあるべきだと私は思う。

かつて互いに行き過ぎた悪い時代があった事は、無かったことにしてはいけないと私は思います。
忘れちゃいけない。
ユーザーも、メーカーも。

なぜなら、私が新ゾイドバトルストーリーで強く印象に残っている文章があります。
それは前書きの、
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私の研究所で、この戦いのために数々のゾイドが生まれ、クルーガをはじめ多くの勇敢なパイロットたちが、ゾイドと共に戦い、ある者は二度と中央大陸に戻らなかった。
だが、すべての勇気と死は、未来へ向かって生き続けるのだ。戦時にも、平和の時にも。
----------

という所です。この文に感動するからです。

「すべての勇気と死は、未来へ向かって生き続けるのだ」

我々は過去から学ばねばならないと思う。
争いを続ければ隕石が落ちてしまう。それを教えてくれたじゃないか、バトストが。

手を取り合い相互に理解する事が必要なんだと思う。そうすれば様々な困難に皆で立ち向かえるようになると思う。
困難を撃退し超えていけると思う。
皆が寄ればこそ辿りつける高みもあると思う。

綺麗事を言うわけじゃない。そりゃあ意見の合わない人や嫌いな人だって居るでしょう。
それは構わない。まるで構わない。
でも適度な距離を保てる器用さを身につけて、この界隈全体が気持ち良いものであるようにしたい。
ゾイドが好きだから。

ファンはその事を強く意識して。メーカーも……、完璧じゃなくてもいい。出来る限りで構わない。でもできるだけ多くのユーザーが色んなことを把握しやすいように資料を開示したり相互理解が進む土壌を作ったり。そういう事に努力をして欲しい。


昭和、平成からの振り返りからこんな話になりましたが、令和はそんな対話と相互理解が進む時代になるといいなと思います。


・・・と思っていたら


早速こんなことが起こっちゃったりして!
なんだか期待できそうな令和です。
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コメント

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No title

まさかの新装版!?
漫画版でコマンドウルフに、アニメ版でシールドライガーに惚れてゾイドにハマった身としては嬉しい話題です!
上山先生と小学館に打ち切り絡みの確執ありとの噂を聞いていたので、その点でも少し安心しました。これを機に続編のEXも再開して欲しいところです。

No title

私が今思うにはですが。
ゾイドのアニメ展開は市場を広げる意味というよりは「ゾイドが華々しく復活を遂げるために必要だったのかな」と考えています。
その後、アニメという強力な道具に振り回された感が否めないのは仕方がないのかもなとも、今では思います。
現在に至るまで、振り回されなかった事例の方が数は少ないですし。
「普遍的なものさし」を失った代償は大きかったなあと思います。
ただ、ゾイドが華々しく復活するためにアニメを展開しなかったらどうかとも考えると、難しい所ですね。
良案は思い浮かびません。正しく三式さんのおっしゃる通りに「最良」だったのかも知れませんね。

界隈の確執については……どちらかというと見事にアニメの爆発力にファンも知らず知らずの内に踊っていたとも言えるかも知れません。
加えて、ゾイドが再展開し始めた頃はインターネット黎明期に近い。
誰もが未成熟であった。そう思います。企業もファンも。その辺り、突かれると自分も痛いです。

HMMゾイドのインストを執筆されたヤマザキ軍曹もこう仰っていましたね。
「人は誰しも愛着のあるものに思い出美化光線を照らしがちだから――」と。
全ての原因はここにあったと言っても過言ではないくらい。
多分それは、何があっても避けられなかった。そう感じています。
今、適切な距離が取れればよかったのにと考えるのは、それだけの経験が積まれたからなのではないかと。
なればこそ、ゾイドワイルドが展開している今、それを活かしたい所ではあります。

ゾイドワイルドも時期に一区切りの時が来るでしょう。その時に、過去の過ちを繰り返さぬ自分であればいいなと考えています。
同時に、タカラトミー様にはアニメが終わった後にゾイドの熱を絶やさない施策を期待したい所ではあります。
今度は、初めてではないですし。何が起こるでしょうか。

で。
機獣新世紀ZOIDSの新装版のお話ですが。
いやあ、よくぞ来てくれたと思います。
Twitterの上山先生の呟きによれば、今までは複雑な版権に阻まれて叶わなかったことではあるが、機獣新世紀の頃に世代だった編集さんが熱量をもって頑張ってくれたお陰で新装版を出すことが叶ったと仰っておられました。
当時の世代が頑張ってくれたおかげで新装版が出る。
何とも熱い、希望の持てるお話ですよね。

新装版を買って、昔を懐かしみつつ、それらによってゾイドの次の展開に弾みが付けばいいな。
そんな風に思う次第です。

No title

今回の記事を読ませてもらうと、前回の自分のコメで書いた問題意識とかは既に織り込み済みだったのですね。
大変失礼しました。

都合の悪い過去は無かったことにすればよい。
資料を消して、比較されないまっさらのスタートにすればよい。
これはどうやらゾイドだけでなく、日本が世界に誇る伝統文化のようです。
正直、新世紀以前~初期に旧ゾイド資料が消されたのはその種の意図を感じてしまいます。

また、更に残念だったのは新世紀のスタッフが「今の子供達のために作っている」と言う言葉をインタビューで錦の御旗のように濫用していた点。
そこまで言うならば、最初に「大人向けのファンの方々はキットだけ買ってストーリーは見ないで」と言うべきです。
単にクオリティの低いものしか作れない言い訳、と見られても仕方ない。
新世紀自体、大人ファンと言うクッションが無ければ実現しなかったかもしれないのに。

昭和の職人時代から分業の時代になり、新しい世界でゾイドを送り込む体制を作ったのは確かだと思います。
しかし、そういう開発側の理由で世界観の違うところに自分達の思い出を引っ張り出され、ライガーと言う神輿を担ぐ役にされる。
それで黙ってる位ならそもそも長い間ファンやってないですよ。
新世紀からファン続けてる人だってワイルドアニメ初期の雰囲気でライガーゼロ、ブレードライガーの大部隊が碌に動きもせずワイルドライガーやデスレックスに一刀両断にされる図を見て黙ってられるんでしょうか。
、、、いやこれは旧ゾイド派の自分でも無理だったかも(笑)

ワイルドは完全新規の世界観でヒットし、融和のチャンスかもしれません。
現況には確実に開発に落ち度があり、それを回収しきれていないという意識を持って、細かくもフォローの動きを続けて欲しいです。

No title

機獣新世紀からのファンにメカ生体ゾイドの良さを、最初に本格的に公式でアピールしたのはGBの邪神ジェノブレイカーだったと思うのだが、恐らく当時の小学生の多くはシールドライガーとジークを外さなかったと思うし、そうなるともう一体・二体しかゾイドを加えられなくなる。旧来のゾイドを網羅したのは良いけどゴードンターンとかマニアックすぎて、かえってメカ生体の敷居を高くしちゃったんじゃないかな~、と思いました。途中の盗賊5人のゼンマイ改造ゾイド集団なんて、完全にキッズ置いてけぼりだったと思うし、逆にこれで食い付いた子は凄いなと思いました。

PSの遺伝子は邪神でメカ生体に興味持った子を取り込め……、無かったんじゃないでしょうか?邪神ジェノブレイカーが目指そうとしたものは凄い良かったと思うんですが、メカ生体の素材だけ出しておいて、それらの説明がゲーム内で不十分だった様に思います。

パンツァー・ティーアも迷走してましたね~。結局ZEVLEと同じでメガトプロスまで漕ぎ着けなかった。横山さんは確かに素晴らしいが、当時確信犯的にキャノンのプリンターが参考にした共和国24のデザインは10年以上の先見性があったことを証明していたし……、2003年だったら、思いきって24ゾイドオンリーのアニメをやっても丁度時代に沿っていたように思います。同時期にやったFZEROアニメは評価高いですしね。

公式の対応から、過剰に期待することがワイルドに対しても難しいのが素直な気持ちです。オモチャのリリース時期と劇中の活躍が全く予想出来ない事が皮肉にも新しくて、アニメを面白くしてる部分もありますし。1/72スケールを再販するときはキッズユーザーにも親切な教材を作って、興味を育ててあげて欲しいなぁと思いました。

No title

SDのゾイドと言えばゾイコロ…チョロQの後追いでしたが

No title

非常に長い長いゾイドの歴史まとめ記事作業、お疲れ様でした。(^ワ^)
記事を読ませていただいて、そうかビックリマンブームのときにゾイドは
ここだったか、と記憶がずれていた驚きがたくさんありました。
私は小学校高学年あたりでゾイドからサンライズロボプラモ中心になり、
ドラグナー終了で完全にTVゲームにシフトしたので、PCエンジン
CD-ROMROMをバイトしてイース1&2と一緒に購入して遊んでいた頃、
ゾイドはこうだったんだと懐かしい思い出とリンクさせることが出来ました。
ゾイドアニメでは、フューザーズやジェネシスは傍から見ればキットは売れて
ない印象が強かったのですけれど、アニメを放映しただけの販売数はあったと
いうのが一番驚きました(苦笑)。
しかし、私は今回の記事で初めてガタローガムの存在を知ったんですが・・・
当時の開発陣は「ロボダッチ」と「ビックリマン」をゾイドに取り入れれば
子供たちにウケると信じたんじゃないですかね(@A@;)
なぜどいつもこいつも悪魔シールのいやらしい目つきをしてるんだ!!(滝汗)

トミーの動きに関しては、復活マッドサンダーの扱いからギガ以降の
「活躍する物語が無くても機体だけ出せば売れるだろう」と考えていたとしか
思えない方針は本当に酷かったと言わざるを得ません。
せっかくファンブックをつけているのに、そのキットが敗北する内容じゃあ
子供は心の底からガッカリするでしょうに。
かつてウルトラマンネクサスで、新メカが子供を巻き込んで重症を負わせる
話を放送してその玩具を発売するという、信じられないことをやりました。
元々かなり暗い作品ですけども、ここまで常軌を逸した路線をとるには
恐ろしく一般の感覚とズレた逆張りをするプロデューサーなりがいたはずで、
ゾイドでもトミー内部におかしな指揮を執っていた戦犯がいたんでしょう。
そんな人物が、現在のゾイドに悪影響を及ぼすことがないよう祈るばかりです。

ゾイドの新旧ファンの確執が深刻なのは、同じ「ゾイド」の名を冠している作品
ながらメカ生体と平成アニメ期とワイルドじゃ完全に根本が別作品で、
それなのに別物として扱わずにそれぞれのファンが同じ土俵で
『自分が感激してのめり込んだ作品こそ正当なゾイドだ』
と押し付けあうのが問題なんですよね。
ガンダムシリーズほど体力が無いので、それぞれの層への商品が
潤沢に開発されないことも原因でしょうか。
ガンダム作品の「ガンダムW」や「ガンダムOO」といった作品による完全な
区分けの扱いのように、公式のほうでくっきりとゾイド作品ごとに区分けを
強調する方針をとってもらえれば、少しは緩和されるでしょうか。

最後の上山先生によるバンたちの漫画の復活には
「かっ、書き下ろしは!?打ち切り後の同人誌版続編の完結編は!?」
と、コロコロ編集部とのひと悶着絡みを即思い出してしまいました(^血^;)
果たして書き下ろしはあるんでしょうか・・・期待しつつ続報を待ちます。

No title

おお漫画版の新装版・・ネットであった続編も入ってたらうれしいですね
ゾイドの商品の武器としては多彩な移動能力ですね<モーターやゼンマイ、2足歩行や4足歩行、尻尾や首の可動など
SDにするにしては造形も細かかったのもあるでしょうね
俺はSDガンダムではGアームズ(ミリタリー風味)が好きでした

No title

新世紀のアニメが終わった後もコロコロでバトストは見てましたけど急激に冷え込んでたんですね・・・

マッドサンダーはデスザウラー特化ゾイドであり荷電粒子砲防いでデスザウラーに勝利や!!からの翌月あれぇ!!溶けてる!!でビビりました
たしかに勝ちましたけどケーニッヒのサポートありで・・・でしたしメカ生命体の頃の活躍を考えると寂しいものです

ゴジュラスギガは20周年ゾイドとしてものスゴイ強さをもったゾイドだと認識してましたが言われて確かに戦績がパッとしないですね・・・
ゾイドコア砲にいたっては不発でしたし
一応ゲームで再現してるけれども結局どの程度のどんな攻撃なのかはわからずじまいですし

No title

>メカ生体ゾイドに唯一だけ失敗があったとすれば、それは「新ゾイドバトルストーリー2-完結編-」を出さなかった事

全くの同意です。そしてファンブックEXをまとめた「公式ファンブック5」が出ないのも歴史を繰り返すようで残念。今からでもいいから出してくれませんかねぇ…


「機獣新世紀ZOIDS」の新装版は嬉しいサプライズですね。上山先生が個人的に書かれていたEX編が付録で収録されるともっといいのですが、高望みでしょうか。ルドルフにして「最高の政治家」と言わしめるプロイツェンは、バトスト版とはまた違う魅力があります。

No title

>レイさん
驚きました!
でも名作なので嬉しい限りですね。
今後の展開にも期待したいですな。

>やまさん
復活時にアニメがなかったらひっそりとしていただろうから、やはり最良の選択だったのでしょうね。

確執は色々と不幸なタイミングであったと思います。
仰る通りインターネット黎明期に近い。これが問題を大きくした所は大変大きいと思います。皆等しく未熟だったですね、、、。むろん言い訳になるものではないと思うので反省しきりですが。

ヤマザキ軍曹の仰る思い出美化光線という単語については100%同意します。
ただし私は彼の文章はその言葉を意識したものとは思えません。これについては私は今でも否定的です。
何故かというと明らかな基本情報の欠落があるからです。
「思い出は美化されているからその域にたどり着くのは困難である」ことと「情報の欠落したものを提供する」のは全く異なると私は思います。
むしろ思い出美化光線があるから誰しもを納得させるなんて無理だよねという言い訳に思えてしまいます。
きつい言い方ですがこの事はどうしても思っています。

距離を取る事と踏み込んだ話をする事はまた違うと私は考えます。
要するには根底にゾイド愛がある事を共有した上であれば忌憚なき意見を言うべきであるというのが私の考えです。

>場末の葦さん
消されたというより一部だけ公開された感じですね。
主にファンブック1巻で。
あれは嬉しかったのですがそのチラ見せゆえに全てみたいという願望が余計に膨らむものでした。

「今の子供のために作っている」は正直当然と思いますが、ただしシーソーじゃあるまいしイコール「大人はどうでもいい」と結ばれるものではありません。
片方を上げたら片方が下がるわけじゃない。
両方を持ち上げて全体をさらに高くすれば良い。
http://zignition.blog3.fc2.com/blog-entry-3810.html
この記事に書いてある理屈ですね。
片方をメインとしてもう片方をないがしろにするような感じを出してしまったのであればそれは強烈に反省して欲しいところです。

新世紀は確かに色々と不器用なところはあったし憤りを感じた事も少なくありません。
ですが我々から理解し歩み寄る姿勢を見せる事もまた必要だと考えます。

>kageさん
邪神復活は肝心のゲームの中身がなあw
もうちょっと適度にバランスを組んで旧大戦ゾイドも適度にすればゲームとしては良くなったと思うのですが。
ただ、今にして思えば邪神復活はあれはあれで良かったような気もします。

メカ生体の遺伝子はタイトル通り完全にメカ生体世代を狙った作品だと思うので当時のキッズが付いてこれないのは織り込み済みだったと思います。
多分、キッズ向けに造られたのは「バトルカードゲーム西方大陸戦線」からじゃないかなぁ。

パンツァーティーアはもともと「横山先生メカ」という括りがあったのでメガトプロスはどうあがいても無理でしたね。
これはトイズドリームプロジェクトに期待していたのですが。

>NoNameさん
初期にもSDゾイドはいくつか見られますね。
いずれも単機で終了しましたが。

>Jスターさん
私も年表にして気付くことが多くありました。
覚えているつもりでけっこうあやふやなもんですねぇ。

当時にPCエンジンCD-rom2を持っていたとは凄い!!
あれ、高嶺の花という感じでしたねぇ・・・・・。
私は後年になってからDuo-Rを買ってようやくPCエンジンにはまりました。

キットはフューザーズはけっこう売れてました。ジェネシスはダメでした。
ジェネシスはキャラ関連は好調だったのですが…。ちょっとチグハグですね。

バトストについては私も仰る通りでマッドやギガはただただ酷かったと思います。
マッドサンダーもあれじゃあ自分のアイデンティティを十分に示せてないし、ギガはもう……。
戦犯と呼ぶつもりはないんですが、奇をてらおうとしてそれが悪い方向に出ていたとは思います。

ファンの確執については現在はないとは言わないがほぼ無くなってきていると思います。
それはさすがに時間が経ち冷静な議論もされあらぶる事も無くなり相互理解が進んできたからと思います。
私はそれをさらに推進したいと思っています。

>デスペラードさん
続編はぜひ入れて欲しい所ですが難しそうでもあり。んー。続編を待ちましょう。

SDはゾイド黙示録の説明書のようにすれば適度にデティールダウンもできていて良かったと思うんですけどねー。

>ヒューイさん
マッドサンダーで言えばメカ生体ゾイドのバトストの描写は
・背中の回転砲を使って敵部隊を殲滅
・シールドであらゆる攻撃を跳ね返す(コングのミサイル、剣、荷電粒子砲など)
・ドリルで全てを貫く
・空から襲われれば脆い所もある
という風に強い所も弱点もこれでもかというほどに描写されていてすごく分かりやすいのが良いと思います。
掲載数が多いという事情もありましたが、新世紀マッドはちょっと・・・魅力が伝わり切らないなあと思いました。
悲しき。

こういうのは、ちょっと悲しいですね、、、。

>ネームレス Mk-II 量産型さん
今からでも出して欲しいですよねー。ホントに。
新規撮影をしなくとも当時のフィルムを使いまわしてできるもので構わないから…。
どれだけ嬉しい事か。
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